凍える惑星

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読書感想:絡新婦の理

※以下ネタバレあり

 

とある宿の座敷で女が殺されていた。女の両眼は無残にも潰されていた。巷間を轟かせる連続殺人犯『目潰し魔』による第四の殺人だと考えた木場は、犯人を捕まえるべく捜査を始める。一方その頃、基督教系の女学校である聖ベルナール女学院では、生徒の間で黒い聖母の噂が囁かれていた。



女権拡張主義者の2人が死に、最後に社会の隙間に収まって自我を押し殺してきたような女性が生き残ったことについて、どういう感想を述べるべきか分からない…。

いや、フェミニズムどうこうの話ではなく今回のラスボス:茜が本当はどういった人なのか、本当は何を考えて生きてきた人なのかがはっきりと分からなかったというだけのことなんですけども。

自分の居場所を手に入れるため、茜は今回の計画を実行したそうですが…。

茜は過去にR・A・A(駐屯米兵用の廓らしい)で娼婦をやっていたそうで、作中に「元学生と云う娘の三人で…」とありますが、これは茜のことでしょうね。そこで働いていた理由は学費のため(かあるいは単純に生きていくためか)でしょうが、結局R・A・Aはすぐに崩壊して路頭に迷ってしまう。どんな理由であれ結局は娼婦。元の生活に戻るのも難しい。人に言えるような経験ではない。彼女はその時代を己なりに生きようとしたが、結局は何もかも失ってしまった。そもそもベルナール時代にある教師に凌辱され心に深い傷を負っているし、成長する過程で織作家の秘密も知ってしまってるでしょうし、時代に振り回され、他人からも否定され、なかなかに重い人生…。

茜にとっての自分の居場所とは、文字通りの意味だけでなく、もう傷つくことなく安心して暮らせる場所という意味でもあったのだろうな。

そういう流れを踏まえて読むと、彼女の行為、いや結果は、社会に対する復讐、あるいは反撃のように思える。でもさすがに犠牲者が多すぎるよ…。冒頭の桜のシーンを読むに、結局こんなことは望んでなかったみたいだし、救われないなぁ…。

 

でも、本当に面白かったです。読み終わってからも所々読み直したり、感想を読み漁ったりと、読み終えたことがただ寂しい。読後もしばらくの間内容を反芻する本にはあまり出会わないように思います。いや、いつも読んでる本が面白くないというわけではなく、いつもは「読み終わった!面白かった!よし、次!」みたいな、スピード優先みたいな読み方をしているので…。今回は次の本を手に取るより、暫く余韻に浸っていたいと思ってしまいました。

今作は1400ページ程あり、かなりの大長編。でも前作と比べてかなり読みやすかったように思います。専門学的な部分も特に難しいとは感じませんでしたし。

しかし、読んでる最中に手に感じる重みよ。文庫本とはいえ、素晴らしい鈍器っぷり。

 

今回の物語で初めて榎木津を頼もしいと思いました(笑)。

関口くんは読んでも読んでも読み進めても出てこなかったので、とうとう左遷でもされたのかな?と思っていましたが、最後に出てきましたね…。待ってたよ…。

緻密に練られたストーリー、各々の事件が一つに収束していく流れ、謎の解明、憑き物落としが始まってからの展開には本当に鳥肌がたったのだけれど、正直終盤の織作家での殺人連鎖は笑ってしまった。まだ人が死ぬか。もう無茶苦茶。

自分の手は汚さず、他人に代行させる茜さん、まるでモリアーティみたいですね。

茜といえば、結局父親が誰かは分からずのまま。他所様の考察では呉仁人ではないかとありましたが…。そもそも父親の正体解明は必要ないのではないか。というか作中には登場していないような気がする。

 

(以下、大極宮より)

Q5. 織作茜の父親が誰なのか、はっきり分かるように教えて下さい。

       文庫版では分かるようになるのでしょうか?(mikeneco)

A5. 何故お知りになりたいのでしょう?

       作品は出版された形で完成しているのです。

       作者の中に答えがあっても、書かれていないなら「ない」のです。

       テキストに書かれていない部分を作者に聞くのは、僕は反則だと思います。

 

ないんですね、分かりました。

(正直、茜の父親より、蜘蛛の館がなんであんな造りをしているのかが1番知りたい。説明ありましたっけ…?)

 

この『絡新婦の理』、地元の本屋になく、Amazonで買おうと思ったら送料込みで高くなるわ、届くのに1週間かかってしまうわで、結局片道1時間半の距離を車で走って大きい本屋さんまで買いに行きました。

いやぁ、買ってよかった。

(感想書き終えた頃にもう一度Amazonを覗いたら、primeで買えるようになってました。タイミングの悪さよ…)